中野駅北口をご通行中のみなさん、お集まりのみなさん、こんばんは。山岸一生です。

2ヶ月前まで新聞記者として仕事をしてきました。

今の政治、なんとかして変えたい。仕事を捨てていまこの場に立っています。皆さんの力で、あと一歩のところまでやってくることができました。みなさんの力です。あなたの力です。ありがとうございます。

今日お集まりのみなさんの力があって今がある。そのことを十分承知した上で、ひとつだけ紹介させてください。

昨日の夜、北区の赤羽で、当地では最後となるお訴えをしてきました。終わった後、大勢の皆さんと握手をお願いしていたところ、遠くの柱の影でずっと立って聞いてくださっていた一人の女性がいました。お年を召したその女性に私は近寄っていって握手をお願いしました。彼女はこう言いました。

「ずっと自民党だったのよ。だけど今度はあなたに入れる。今の政治あまりにおかしいから。私はあなたに入れる。」

今集まってきた皆さんにお力になっていただいてきたことを承知の上で言わせてください。私は昨日の彼女のような多くのあなたたちに、多くのあなたに、この声を聞いてほしいんです。

「政治なんて変わらない。どうせ今のままでしょ?だけどなにかおかしいよね。」そう思っている多くのあなたに聞いてほしいんです。

私は政治記者として、新聞記者として今の政治を見てきました。忖度、隠蔽、改竄。本当に恥ずかしい政治が目の前で繰り広げられてきた。壊れていく政治、崩れていく政治を現場で見てきました。本当に悔しい、もどかしい思いを抱えながらも、ひとりの記者として、サラリーマンとしてはどうやって声を上げていいか分からない。そう思いながら毎日の取材をやってきました。

気がつけば、6年半が経っていました。その間に報道の現場も変わってきました。一人ひとりの記者はみんな一生懸命仕事をしているんです。でも今のおかしな仕組みの下では、頑張って取材しよう、いい情報を取ろう、そう頑張れば頑張るほど政権側が都合のいい情報を渡してくる。都合のいい情報をつかまされてしまう。そういうおかしな仕組みの中で一人ひとりの記者はみんなもがいているんです。私もその中にいた一人です。

だから分かるんです。この政治は危ない。国民に本当のことを言わない、私たちに本当のことを言わないこの政治は本当に危ないんです。

私たちに本当のことを言わないだけではない。政治の決め方もおかしくなっている。総理官邸という巨大なブラックボックスがあって、ある日そこから政策が示される。その根拠もデータも明らかではない。たまに示されるデータも間違っている。現場を知っているはずの官僚たち、怖くてものが言えない。一番有権者の話を聞いている自民党の議員でさえ怖くてものが言えない。

そうしたなかで、トップダウンという名の下に、私たちの暮らしを壊し、私たちの仕事を壊していくおかしな政治がこの6年半続いてきました。私はそれを現場で見てきた。おかしくなっていく政治、壊れていく政治を現場で見てきました。

ずっと悔しい思いをしてきました。どう声を上げていいのか分からなかった。悩んできたんです。

前にもお話したかもしれない。4月に私の母は病気で倒れました。麻酔から醒めて最初に母が言った言葉は「ごめんね。迷惑かけて」

私はびっくりしました。「母さんなんで命が助かって謝るの。喜べばいいじゃない。」そしたら母はこう言うんです。「違うのよ。私みたいなおばあちゃんは、最初に謝っておけば誰にもいじめられないからそれでいいのよ。いつも謝っているのよ。」と寂しそうに笑うんです。

何かがおかしい。4月に母が倒れて5月の連休中ずっと考えていたんです。何かがおかしい。なんだか同じようなことが今の日本にいっぱいあるんじゃないか。

お年寄りが長生きをして年金が足りない。「それも自分のせいですよね」「はい、ごめんなさい」。

僕らの世代もそう。就職氷河期で非正規の仕事にしか就けなくてお給料が少ない。貯金も貯まっていないから結婚もしていない。「それもあなたの自己責任ですよね。」「はい、ごめんなさい。」

なんかそうやって私たちいっつも、「ごめんなさい、ごめんなさい。自分が悪いんです。」そういうふうに思わされているんじゃないでしょうか。

でも本当は、生きづらいとき、不安なとき、つらいときに手を差し伸べるのが政治の仕事ではなかったんでしょうか。今の政治は私たちを見ていない。私たちの声を聞いていない。私は母の言葉を聞いてあらためて思いました。

これまでは政治記者として政治の現場を見て、この政治はおかしいと思っていたけれども、それを自分の人生、自分の生活とつなげて考えることが恥ずかしながらできていなかった。でも母の言葉を聞いて考えて私は分かりました。政治は暮らしとつながっている。このおかしな政治は私たちの暮らしとつながっている。私たちの暮らしを見ない政治、私たちの声を聞かない政治、一握りの人間が権力と情報を握る政治、この政治は危ない。

この政治に私たちの暮らしを預けてはいけない。この政治に私たちの仕事を任せてはいけない。この政治に私たちの人生を委ねてはいけない。

私は決心をして、5月の連休明けに、「今度の選挙、私は挑戦します」。こう言って新聞記者の仕事を捨てて、今こうしてみなさんの前に立っています。

2ヶ月間、本当に多くの方のお話を聞いてきました。あるところでは、非正規の仕事を続けながら奨学金を返している若い男性の声。

あるところでは、ご自分も保育士さんだという若いお母さん。保育の現場がどれだけ疲れているか話をうかがいました。

またあるところでは、お年を召した男性から、目に涙を浮かべて、「一生くん、孫を戦争に送らないでくれ」。力強く握手をしていただきました。

お一人お一人、すべての人の声が、私の力になっている。お一人お一人すべての声が、かけがえのない現場の声、私たちの声です。私は新聞記者の取材力と質問力で、この現場の声、暮らしの声、働く私たちの声を、国へ政府へぶつけていく。質問で未来を切り開いていく、戦う国会、新しい国会を必ず作っていきます。

そのために、今山岸一生が戦っている東京選挙区。大変な激戦です。山岸一生が戦っているのは最後の一議席です。この一議席、ただの一議席ではありません。私の一議席でもありません。この東京で暮らし、東京で働く、東京で生きていく私たちの良心を示す一議席です。

政治の隠し事は許さない。ごまかしは見逃さない。私たちの手に真実を取り戻していく一議席です。

山岸一生と、今日お集まりの皆さん。あるいは柱の影で聞いているかもしれないあなた。ここには今日来れなかった多くのあなた。私たちで勝ち取る最後の一議席なんです。

絶対に負けるわけにはいきません。私もマイクを使えるのはあと3分ですが、23時59分まで必死に戦います。皆さんのお声を貸してください。電話をしてください。SNSに写真を上げてください。動画も上げてください。お友達に声をかけてください。

皆さんの声が私の力。手を振ってくれているあなたの声が私の力。お一人お一人からいただいてきたすべての声を力に変えて、山岸一生は最後の夜を戦い抜きます。皆さん、最後までご一緒に声を上げてください。この2ヶ月間いただいてきたすべての声が今、私の中で力になっている。ボランティアのみんな。今日集まってくれたみんな。お一人お一人すべての声が、今大きな大きなうねりになっていることを感じます。

新しい日本の政治、新しい日本の民主主義は今日この中野から始まった。必ずそう言える結果に、子どもたちに誇れる結果につなげていきませんか。

私も必死で戦います。お力をお貸しください。あと少し。無名の新人が、たった2ヶ月で、あと一歩のところまで来ることができたんです。みなさんのお力です。みなさんのお力です。みなさんのお力です。そのお力をもう一歩お貸しください。

あと一声、お友達に、家族に、ご親戚に、お声を掛けてください。あなたの声が私の力になります。あなたの声で政治は変わります。あなたの声が政治を変えます。

山岸一生と、皆さんと、私たちで政治は必ず変える事ができる。そのことを信じて、最後の最後まで戦い抜いて、皆さんと一緒に必ずつかみ取る最後の一議席。みんなで勝ちましょう。一緒に勝ちましょう。全員で勝つんです。私たちがつくる新しい政治のために、新しい民主主義のために、みんなで勝ちましょう。ありがとうございました。