山岸一生新聞を再開します

 選挙期間中はスタッフに編集を任せていた「山岸一生新聞」。

 久しぶりに、山岸一生本人による編集でお届けします。

 皆様へのお礼と、お詫びのご報告です。

 久しぶりの本人編集で送る、新生「一生新聞」を、今後ともよろしくお願いします。

山岸一生新聞・新生0001号

あなたに感謝、次への決意

 参院選は21日投開票され、東京選挙区(定数6)で山岸一生さんは次点(7位)で惜敗しました。皆さんへのご報告です。

 「初めての選挙が、終わりました。50万近くもの東京都民の皆さんから貴重な一票をお預かりしながら、結果につなげることができませんでした。すべて、私の力不足です。心から感謝申し上げ、お詫びします。本当に、ごめんなさい。

 50万の一票一票が、かけがえのないお一人お一人の「声」です。数字の向こうに、この選挙で出会ったお一人、おひとりの顔が浮かびます。非正規の仕事で働きながら奨学金の返済に苦しむ若い男性。ご自身もママでもある保育士さんの、保育の現場の悲鳴。「孫を戦争へ送らないでくれ」と手を握り締めてくれた年配の男性。

 「知名度」勝負とされるこの参院選東京選挙区。お一人お一人の声が合わさり、50万もの方々が、あえて、並み居る有名候補ではなく、無名の新人「山岸一生」を選んでくださった。このことの意味を、かみしめています。私は絶対に、この声を国へ届けていかなければならなかった。自分の非力さ、至らなさを思います。

 敗北は残酷な現実。しかし、希望はあります。「今の政治はおかしい、声を上げよう」。無名の新人の訴えに、多くの方が共鳴して、声の輪が広がりました。立憲パートナーズの皆さん、ボランティアの皆さん、自治体議員の皆さん、数え切れない皆さん、本当にありがとうございました。組織もお金もなかったけれど、多くの「ご縁」をいただいて、一人ずつ知恵を持ち寄って、選挙を作りました。私たちは、立憲民主党が目指す、新しい民主主義の可能性を、確かに見ました。

 私は、2か月前まで新聞記者として働いていました。今のブラックボックス政治のままでは自分たちの暮らしや社会が危ないと、会社を辞めて挑戦し、ここまで戦うことができました。「政治家はお金持ちか二世三世、弁護士・医者がなるもの」。こんな国政の景色の中で、私たちは、新しい政治参加の可能性を、確かに見ました。

 こうして「希望」をつづってきて、改めて思います。この戦いには、私たちの希望がつまっていた。だからこそ、何としても勝たなければいけなかった。多くの希望を、失望に変えてしまったと思うと、自分の責任の重さを感じずにはいられません。

 私が言えることではないかもしれませんが、できることなら皆さん、希望を捨てないでください。政治を私たちの手に取り戻す「次の戦い」は、もう始まっています。私は、あきらめません。戦後民主主義の底力を、東京の市民社会の底力を、信じています。私たちが作りあげた確かな手ごたえを信じ、さっそく今日から、前へ進みます。

 お世話になった皆さん、本当にありがとうございました、そして、申し訳ありませんでした。できることなら、また一緒に戦いましょう。そして、この初めての選挙ではまだ山岸一生とご縁をいただけなかった皆さん。あなたとも、いつかつながれることを願っています。」