2021/10/22
みなさん、こんにちは。立憲民主党の山岸一生です。
目次
皆さんへのご報告です。
私、山岸一生は、次の衆議院議員選挙、衆院選で、東京都9区(東京都練馬区)から挑戦します。
今日、2019年11月5日、立憲民主党の党内手続きが完了し、福山幹事長とともに国会内で記者会見をしました。
腰を据えて、地域に根を張って頑張ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
私、山岸一生が次の衆議院議員選挙、衆院選で、東京都9区(東京都練馬区)から挑戦する決意をお話しします。
あなたとつくる 新しい政治
立憲民主党は2019年11月5日、次の衆議院議員選挙、衆院選の東京都第9区(東京都練馬区)に、夏の参議院選挙東京選挙区で惜敗した、元朝日新聞記者の山岸一生さん(38)の擁立を決めました。
一生さんがご挨拶します。
練馬(衆議院東京都9区)の皆さんへ ご挨拶
こんにちは、立憲民主党の山岸一生と申します。
私は次の衆議院議員選挙、衆院選(総選挙)で、東京都第9区(東京都練馬区)から挑戦させていただきます。
私は今年、2019年5月まで、新聞記者として働いていました。
会社を辞め、2019年7月の参議院議員選挙、参院選の東京選挙区に、初めて挑戦し、立候補ました。
参議院議員選挙では、本当に、多くの声をいただきました。
奨学金の返済に苦しむ学生さん、低い待遇で子どもの命を預かる保育士さん、「戦争はいけない」と涙をためて手を握ってくれたお年寄り……すべてかけがえのない「私たち」の声です。
でも今の自民党政治は、この声に応えない。
お金持ちや、権力者に近い「おともだち」だけが得をする政治になっています。
私にも反省があります。
マスコミの記者としていいお給料をもらって、いわゆる「上級国民」の側にいたのではないか。
参議院議員選挙の後、自分に問い続けてきました。
安定した仕事をなくし、野菜の値段や、社会保障の請求書に一喜一憂しています。
そのたびに、参議院議員選挙で出会ったお一人お一人の切実な顔を、声を、思い出します。
再び、声を届ける
今、改めて思います。
参議院議員選挙で頂戴した多くの「声」を、無駄にしてはいけない。
そのためのただ一つの道は、決してあきらめないことだ。
私は、あきらめずに挑戦します。
お金持ちや、おともだちだけを優遇する。この政治を、私は変えていきたい。
必死に暮らし、働き、学ぶ、私たち一人一人の手に、政治を取り戻していきます。
そして安心できる社会、豊かな暮らしを、つくりあげていきます。
それこそが、この衆議院東京都第9区、練馬の戦いです。
令和の時代に、昭和の政治。
政治家と地域の有力者が、高価な金品をやり取りする。
そんな古い古い自民党の政治が、明らかになりました。
まさに今回の疑惑こそ、「お金持ちの、お金持ちによる、お金持ちのための政治」の象徴です。
でも、政治は変えることができる。
その力をお持ちなのは、練馬、東京9区の有権者の皆さんです。
次の衆議院議員選挙、衆院選は、東京9区の皆さんの力を示していただく、大きなチャンスでもあります。
いま多くの方が、東京都練馬区で声を上げ始めています。
私は、東京都練馬区にルーツはありませんが、一日も早くその輪に加えていただきたいと思います。
みなで力を合わせ、違いを乗り越え、新しい政治をつくっていきましょう。
古い政治「一蹴」(いっしゅう)
古い自民党の政治は、私、山岸一生(いっせい)が一蹴(いっしゅう)します。
どうぞよろしくお願いいたします。
以下では簡単に、私、山岸一生の自己紹介をお伝えします。
もっと詳しい山岸一生の自己紹介は、こちらのページをご参照ください。
やまぎし・いっせい。
1981年8月28日生まれ。38歳です。
2004年、朝日新聞社入社。
高知県、京都府での勤務を経て、東京の政治部で菅直人首相、野党自民党の谷垣禎一総裁などの「番記者」をしました。
沖縄県那覇市でも2年間、勤務し、故翁長雄志知事を取材しました。
2019年5月、15年間の記者生活にピリオドを打ち、朝日新聞社を退社し、立憲民主党に参加。
2019年7月の参議院議員選挙、参院選に東京都選挙区から立候補し、候補者になりましたが、次点で惜敗しました。
2019年10月、立憲民主党「つながる本部」コミュニケーション担当に就任。
「あなたにつたえる」「あなたとつながる」「あなたとつくる」をキーワードに、皆さんと対話を重ねています。
2019年11月、次の衆議院議員選挙、衆院選(総選挙)で東京9区(東京都練馬区)からの挑戦を決断。
立憲民主党の衆議院東京都第9選挙区総支部長に就任しました。
趣味は登山とサイクリング。
神奈川県川崎市立末長小学校、筑波大学附属駒場中学校・筑波大学附属駒場高等学校、東京大学法学部卒。
家族は妻と母。
あなたの声で、政治は変わります。
2分8秒で終わる短い動画です。よろしければ、2分8秒、私、山岸一生の訴えをお聞きいただければ幸いです。